黒木知宏

2008年03月17日

千葉ロッテマリーンズ ジョニー黒木引退。

3/15。ある男の引退試合を観に行った。。。黒木知宏。
通算成績、登板199試合。76勝68敗1セーブ。防御率3.43。
取得タイトル、最多勝利1、最多勝率1(ともに1998年)。

取り立ててものすごい成績をあげた訳でもない、普通のプロ野球選手の引退試合を観に行った。
取り立ててものすごい成績を上げた訳でもない選手の引退試合に、3万人が集まり、そして涙した。

とにかく弱いチームだった。まじめに仕事しろよと野次られるチームだった、その中で、彼はエースだった。
ジョニーが投げて負けたらしょうがない、そう思える選手だった。
誰よりも一生懸命で、がんばってくれた。なぜなら、彼は真のエースだったから。

もし彼が、「痛いから投げられないです」と言ったなら、一流の成績を上げて、今も投げていたことだろう。
でも、彼はそれを良しとしなかった。

2001年夏からは長いケガとの戦いだった。選手としての実働よりも長い時間、ケガと戦っていた。
再びマウンドに上がるために。
何度か復帰を試みたが、この日無念の引退となった。

当日流されたジョニー黒木ヒストリー

人は彼を「魂のエース」と称するが、僕自身はしっくり来ない。
ストッパーを任されたことがあったが、うまく行かなかった。うまく行かないこと、勝てないことをすべて背負い込んでしまうそんな人だった。打たれてもへらへらして、また明日なんて言うタイプじゃなかった、自分にできることを「とにかくやろう」、そんな男だった。
覇気のないチームに対し、「オレはまだあきらめない。一緒にがんばろう」と涙する男だった。
魂なんて猛々しいものじゃなくて、とても優しく、弱いものだった。

人間的な弱く、もろい部分も併せ持つ「ハートのエース」だったから、僕は大好きだった。
真っすぐで誠実で、何よりもファンとチームを大事にする、そんな人間、黒木知宏が大好きだった。

じいさんたちが長嶋の話を目を輝かせていまだに語る。僕は黒木知宏の話を死ぬまでしよう。「スゴいエースがいたんだ」と。
ジョニーは言ってくれた「また帰ってきます」。僕はいつまでも待ってる。(by 世帯主)



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